慶応卒、50代で早期リタイヤしアメリカ移住したヒロキから見る世界。

【水曜エンタ】川嶋あいの生い立ちから現在までが凄い!結婚や子供は?【画像】

川嶋あい

川嶋あいが『水曜エンタ』に出演

川嶋あいさんといえば、路上ライブ1000回を達成したことから「路上の天使」といわれ、また透明感ある歌声から「天使の歌声」ともいわれています。

川嶋あい

 

最初に川嶋あいさんが知名度を全国にしたのは、「川嶋あい」としてではなく、「I WiSH」のボーカル「ai」としてでした。

 

2002年のデビューシングル『明日への扉』がフジテレビの『あいのり』の主題歌として1年間流れ、『明日への扉』は90万枚を超えるセールスを記録しました。

 

2005年に「I WiSH」は解散しそれ以後は「川嶋あい」としてソロ活動になりましたが、11枚目のシングル『My Love』が再び『あいのり』の主題歌となり、2007年のオリコン年間インディーズシングルランキング2位の大ヒットとなってます。

 

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川嶋あいの生い立ちから現在までが凄い!

「天使の歌声」といわれ、『あいのり』の主題歌に2度も抜擢されるなど、川嶋あいさんのシンガーソングライターとしての活躍は、順調そのものでした。

 

しかし、その生い立ちは普通の人ではまず経験しないくらい、かなり壮絶なものでした。

 

川嶋あいさんは1986年2月に生まれましたが、そのときに実の父親は行方不明。さらに産んでくれた母親は出産後体調を崩して、結局川嶋あいさんは、乳児院で育てられることになりました。

 

乳児院とは「児童福祉施設」の赤ちゃん版で、1歳未満の養育者のいない乳児が育てられるところになります。

 

結局、実の母親は回復せずに、川嶋あいさんが3才のときに亡くなり、天涯孤独の身の上となりました。

 

その後、養父母である川島家で育てられましたが、この養父、養母もそれぞれ、川嶋あいさんが10才、16才のときに亡くなってしまいます。

 

幼くして2度も親を亡くす、しかも父親と母親の両方共、という経験は普通ありえません。

 

想像を絶する悲しみだったのではと思います。

 

そんな川嶋あいさんの経験から、チャリティー活動にも積極的に関わっており、2005年にエチオピア、2006年に西アフリカ、そして2008年にはカンボジアでの学校建設を支援されました。

 

現在もチャリティー活動は続けられていて、発展途上国で学校を100校建設することが目標だそうです。

 

川嶋あいさんは、養女として引き取られたころは、極度の人見知りだったそうで、それを心配した養父母が、人見知りを治そうと音楽学校へ入れたことがきっかけで、歌の才能に目覚めました。

 

中学2年のときに演歌歌手として一度デビューしますが、その時は売れずに一度歌手の道を断念しています。

 

しかし養母が亡くなった2002年に再び音楽活動再開します。

 

そのときに自らに課した目標が

 

・自主制作CD手売り5,000枚
・路上ライブ1,000回
・渋谷公会堂でのワンマンライブ

 

川嶋あいさんが15才か16才のときの掲げた目標ですが、その壮絶な生い立ちからか強い意志を感じさせる目標ではないでしょうか。

 

そして、CD5,000枚は約1年で、路上ライブは約3年で達成されています。

 

1年は365日しか無いわけですから、路上ライブ1000回を3年で達成するためには、ほぼ毎日、ライブをやっていたことになります。

 

雨や寒い日も多かったとは思いますが、10代の女の子としてはかなりの行動力ですよね。

 

その前後に「I WiSH」として『明日への扉』、そして川嶋あいとして『My Love』をヒットさせています。

川嶋あい

 

My Love後は目立ったヒット曲はありませんが、海外での活動も行われていて、NYやワシントンでの日本関係のイベントに出演されたりしています。

 

日本では、現在ライブを中心に活動を続けられています。

 

もっともライブといっても、渋谷公会堂や東京国際フォーラムなどの、大型施設でのライブにはなりますが。

 

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川嶋あいは結婚している?子供はいるの?

川嶋あいさんは、まだ結婚はされていません。よって子供もまだいません。

 

でも、川嶋あいさんが結婚されるなら絶対に幸せになってほしいと願わずにはいられない、エピソードが隠されていました。

 

I WiSHの相方だったnaoさんは、2015年4月に広末涼子のモノマネでブレイクしたおかもとまりさんと結婚されました。

 

naoさんは再婚で、前妻であったTamamiさんとの間に現在9才になる子供がいます。

 

Tmamiさんとは離婚でなく死別されています。

 

Tamamiさんは3歳から喘息を抱えながら歌手デビューされ、naoさんと結婚されました。

 

でも、喘息の原因は脳疾患で呼吸をつかさどる神経が痙攣して呼吸困難になる病気でした。

 

一時は回復されていましたが、2011年12月に突然の呼吸困難に陥り、意識が戻らないまま他界されました。

 

他界される前日まで綴られていたツイッターがこちら

 

https://twitter.com/TAMAMI_official

 

当時まだ25才、そして子供は4才でした。

 

川嶋あいさんは、naoさんとI WiSHでコンビだったこともあり、naoさんの妻だったTamamiさんともよくステージで共演されていたそうです。

 

川嶋あいさんにとって、実の両親、そして養父母と身近な人の死に続き、またしても身近な人のあってはならない、若すぎる死を目の前に、苦悩の日々を過ごされていたようです。

 

こちらは、川嶋あいさんが亡くなられたTamamiさんに捧げる歌として作られたものですが、最初のテロップに流れる、

 

「もう何も失いたくない」
「これ以上 悲しみを与えないで欲しい」

 

という言葉が、なんとも心に刺さりました。

 

川嶋あいさんには、家族に囲まれた穏やかな幸せな結婚生活を送ってもらいたいと願わずにはいられません。

 





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