慶応卒、50代で早期リタイヤしアメリカ移住したヒロキから見る世界。

イギリス沖に浮かぶ海上要塞、実は人が住むシーランド公国だった!

イギリス沖に浮かぶマンセル要塞

1942年にイギリスは、ドイツからの空襲を防ぐために、テムズ川河口に対空砲を備えた要塞を建築しました。

 

名称は設計者の名前から「マンセル要塞」といわれています。戦時中の建築なので大真面目に作ったのですが、海上から伸びる細い脚に支えられた要塞は、今から見るとアニメの一場面を見ているようです。

マンセル要塞

 

戦争終結後はそのまま放置され、半世紀以上が経過し、サビに覆われた海上の廃墟とかしています。

特に立ち入り禁止とかにはなっていないようなので、廃墟に惹かれた人たちが訪れることがあるようですが、かなり老朽化が進んでいるので、危険な状態にはなってます。

 

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シーランド公国として人が住む要塞へ

このマンセル要塞は、日本の軍艦島と同じように戦争後に見捨てられた廃墟として、いつの日か静かに海の藻屑となるはずでした。

 

ところが、このマンセル要塞がイギリスの領海外に位置していたことが、第二次世界大戦後の要塞の役割をおかしなことにしてしまいました。

 

1967年に元イギリスの陸軍少佐が、このマンセル要塞のうちの一つを、不法占拠し国名を「シーランド」として、なんと独立宣言をしてしまいました。

 

もともとはイギリス軍が建築した海上要塞なので、政府は立ち退きをさせるために裁判を起こしたのですが、裁判所の判断は「イギリス国の司法の管轄外なので、判決ナシ」になってしまったんですね。

 

このマンセル要塞が当時の領海に含まれていなかったことと、領有を主張する国もなかったので、資本判断として「公海」上の出来事なので、「管轄外」となりました。

当時の領海の定義は陸地から3海里(約5.5km)でしたので、陸地から10km地点に浮かぶ要塞は、「公海」として扱われました。

 

もっとも国際社会はこの「シーランド公国」を国としてはどこも認めていません。理由は領土がないから。

 

領土の定義は自然に隆起した土地なので、人工物であるマンセル要塞は領土となならず、よってそこの領有権を主張する「シーランド公国」も国としての要件を満たしていない、となるわけですね。

 

シーランド公国

その後、イギリスの領海は12海里(約22km)に拡大されたので、陸地から約10kmの沖合に浮かぶこの要塞は、現実的にはイギリスの管轄下になっています。

 

よって現在の「シーランド公国」は本気でイギリスからの独立を目指しているとか(もっとも半世紀以上も前の海上要塞ですから、いつ朽ち果ててもおかしくないですし)ではありません。

 

でも要塞を訪れる人には、パスポートコントロールを行い、独自のID証の発行も行うなど、現在の管理人であるマイケル・ベーツ公太子が、半ば冗談で運営を続けているのかもしれません。

 

世界には面白いことがまだまだありますね!

 

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